分析結果を「伝わる」形に:オープンデータ活用のためのストーリーテリング入門
はじめに:データ分析結果、どうすれば「伝わる」のか
日々の業務で、オープンデータを含む様々なデータを収集し、集計や分析を行っている自治体職員の皆様は多いことと存じます。ExcelやAccessを駆使してデータから傾向や課題を掴むことはできているかもしれません。しかし、その分析結果を上司や議会、あるいは市民の皆様に報告する際、「どうも意図したように伝わらない」「データの羅列になってしまい、重要性が理解されない」といった壁に直面した経験はないでしょうか。
オープンデータを地域課題解決に活かすためには、データを分析するスキルはもちろん重要ですが、それと同じくらい、あるいはそれ以上に重要なのが、「分析から見えてきたこと」を相手に分かりやすく、そして共感を得られる形で伝える力です。単なる数字やグラフの提示だけでは、聞き手は何を意味するのか、なぜそれが重要なのかを理解しにくい場合があります。
そこで本記事では、オープンデータ活用の成果を最大限に引き出すための「データストーリーテリング」という考え方と、その実践方法について解説します。データ分析の結果を、人の心を動かし行動を促す「物語」として語る技術を身につけることで、皆様のデータ活用が一歩前進することを願っております。
データストーリーテリングとは何か
データストーリーテリングとは、データ分析によって得られた知見を、物語(ストーリー)の形式で伝える手法です。単にデータを提示するだけでなく、データの背景にある文脈、なぜそのデータが重要なのか、そしてそのデータが示唆することは何かを明確にし、聞き手が感情的にも、論理的にも理解しやすいように構成します。
なぜデータストーリーテリングが重要なのでしょうか。それは、人間が物語を通じて情報を理解し、記憶し、共感する生き物だからです。無味乾燥な数字の羅列よりも、特定の課題や状況と結びついたストーリーの方が、はるかに強く印象に残り、行動変容を促す力があります。
オープンデータを活用して地域の状況を説明したり、特定の政策の必要性を訴えたりする場合、このストーリーテリングの技法を用いることで、より多くの関係者の理解と協力を得やすくなります。
オープンデータでストーリーを紡ぐためのステップ
オープンデータを活用して効果的なストーリーを紡ぐためには、いくつかのステップがあります。
ステップ1:伝えたい「核となるメッセージ」を明確にする
まず、分析したオープンデータから最も伝えたい、あるいは最も重要な示唆は何でしょうか。多くのデータポイントの中から、課題解決のために最も関連性の高い、あるいは最も意外な発見は何かを見つけ出します。これがストーリーの「核」となります。例えば、「高齢者の孤立が進んでいる」という課題に対し、特定のオープンデータ(例: 高齢者人口推移、地域別コミュニティ活動参加率、民生委員活動報告など)を分析した結果、「特定の地区で高齢者の外出頻度が著しく低い」という事実が見つかったとします。この「特定の地区での高齢者外出頻度の低さ」が核となるメッセージとなり得ます。
ステップ2:メッセージを裏付けるデータと文脈を選ぶ
核となるメッセージを補強するために、どのようなオープンデータや追加情報が必要かを選びます。全てのデータを盛り込む必要はありません。メッセージを最も効果的に伝えるために必要なデータポイントに絞り込みます。
また、データが持つ「文脈」を加えることが重要です。例えば、「特定の地区で高齢者の外出頻度が低い」というデータだけでは不十分かもしれません。なぜ低いのか(交通の便が悪い、買い物の場所がない、健康上の理由など)、その地区の地理的な特徴、過去の取り組みなどをオープンデータやその他の情報源から探し、データに深みを与えます。関連する他のオープンデータ(例: 公共交通機関の運行状況、地域内の商業施設データ)と組み合わせることも有効です。
ステップ3:ストーリー構成を考える
核となるメッセージと裏付けデータが揃ったら、どのような流れで伝えるかを構成します。物語の基本的な構造(起承転結)を参考にすると良いでしょう。
- 起(導入): どのような地域課題に取り組んでいるのか、なぜこのデータ分析を行ったのか、背景や問題提起を行います。聞き手が「自分ごと」として捉えられるように、具体的な事例や共感を呼ぶ切り口から入るのも効果的です。
- 承(展開): 収集したオープンデータや関連情報を示すことで、問題の現状や傾向を具体的に明らかにします。ここで分かりやすいグラフや地図などの可視化を用いますが、単にデータを見せるだけでなく、「このグラフからは〇〇という傾向が読み取れます」「この地区のデータが特に際立っています」といった解説を必ず加えます。
- 転(転換/示唆): データ分析から見えてきた「核となるメッセージ」、つまり最も重要な発見や示唆を提示します。「このデータは、特定の地区における〇〇という深刻な状況を示しています」といった形で、分析結果の意味するところを明確に伝えます。
- 結(結論/提言): 分析結果に基づき、どのような対策や提言を行うべきかを提示します。「この状況を改善するために、〇〇という取り組みが必要です」「オープンデータをさらに分析した結果、△△という施策が有効である可能性が高いです」など、具体的な行動につながる提案で締めくくります。
ステップ4:分かりやすい言葉と可視化を用いる
専門用語は避け、誰にでも理解できる平易な言葉を選びます。データを示す際には、グラフや地図など、視覚的に分かりやすい方法(可視化)を用います。ただし、前述の通り、可視化はストーリーを補強する手段であり、目的ではありません。伝えたいメッセージを最も効果的に表現できるグラフ形式を選択し、グラフのタイトルや凡例も分かりやすいものにします。既存の記事「地域課題を“見える化”:オープンデータとGISで始める地図分析入門」や「地域課題解決に向けたオープンデータ可視化の実践ポイント」も参考になるでしょう。
実践のためのヒント
- 聞き手を想像する: 誰に向けて話すのか(上司、議会、市民、専門家など)によって、使う言葉、情報の詳細さ、ストーリーの構成を変える必要があります。聞き手の知識レベルや関心事を考慮しましょう。
- シンプルさを心がける: 多くのデータや複雑な分析結果を詰め込みすぎると、かえって伝わりにくくなります。最も重要なメッセージと、それを裏付ける数個のデータポイントに絞り込みましょう。
- 感情と論理のバランス: データは論理的な根拠となりますが、ストーリーには聞き手の感情に訴えかける要素も必要です。地域住民の具体的な声や、データが示す状況が人々の生活にどう影響しているかといった視点を加えることで、より共感を呼びやすくなります。
- 練習する: 実際に声に出してストーリーを語る練習をすることで、流れの不自然な点や分かりにくい表現に気づくことができます。
まとめ:データに命を吹き込むストーリーテリング
オープンデータは、地域の実情を知り、課題解決の糸口を見つけるための強力なツールです。しかし、その可能性を最大限に引き出すには、分析結果を単なるデータとして終わらせず、人々に「伝わる」形で提示することが不可欠です。
データストーリーテリングは、オープンデータに命を吹き込み、聞き手の心に響くメッセージへと昇華させるための技術です。本記事でご紹介したステップやヒントを参考に、ぜひ皆様のデータ活用にストーリーテリングを取り入れてみてください。データに基づいた分かりやすいストーリーが、地域課題解決に向けた対話や行動を促進し、より良い地域づくりに繋がることと信じております。