オープンデータで地域経済を読み解く:分析手法と可視化のポイント
地域経済分析におけるデータ活用の重要性
地方自治体において、地域の持続的な発展を目指す上で、地域経済の現状を正確に把握し、将来を予測するためのデータ分析は不可欠です。産業構造の変化、雇用情勢、商業活動、観光客の動向など、様々な側面から地域経済を読み解くことで、効果的な政策立案や施策評価が可能となります。
しかしながら、自治体職員の皆様の中には、必要なデータがどこにあるのか分からない、複数のデータをどう組み合わせればよいか、分析結果をどう分かりやすく伝えればよいか、といった課題をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。日常的にExcelやAccessでデータを扱っていても、より高度な分析や効果的な可視化には踏み出せていない、という声も聞かれます。
本記事では、オープンデータを活用して地域経済の現状を把握・分析し、その結果を効果的に可視化するための具体的な手法とポイントについて解説します。
地域経済分析にオープンデータが有効な理由
オープンデータとは、国や地方公共団体などが保有する公共データを、営利・非営利を問わず二次利用可能なルール(ライセンス)の下で公開したものです。地域経済分析において、オープンデータは以下のような点で非常に有効です。
- 網羅性と客観性: 国勢調査、経済センサス、事業所統計など、広範かつ客観的な統計データが公開されています。これらを活用することで、地域経済の全体像や構造を把握できます。
- 多様なデータソース: 上記統計に加え、観光統計、交通量調査、消費動向に関するデータなど、様々な分野のオープンデータが存在します。これらを組み合わせることで、多角的な分析が可能になります。
- コスト削減: 独自に調査・収集するには多大な時間とコストがかかるデータを、無償で利用できます。
- 更新性: 定期的に更新されるデータが多く、地域経済のトレンドや変化を継続的に追跡できます。
地域経済分析に活用できる主要なオープンデータ
地域経済分析に役立つオープンデータは多岐にわたりますが、特に以下のデータソースは基本的な分析に有用です。
- 国勢調査: 人口構造、世帯構成、産業別就業人口など、地域経済の基盤となる詳細な人口統計データです。
- 経済センサス(活動調査、基礎調査): 日本国内のすべての事業所・企業を対象とした統計調査です。産業構造、事業所数、従業者数、売上高等に関するデータが得られます。
- 商業統計・工業統計(過去データ): 現在は経済センサスに統合されていますが、過去の時系列分析に有用なデータです。
- 統計でみる市区町村のすがた: 総務省統計局が提供する、様々な統計データ(人口、経済、財政など)を市区町村別にまとめたデータ集です。
- 観光統計: 観光庁や各自治体が公開している、観光客数、宿泊者数、消費額などのデータです。
- 地域経済分析システム(RESAS:リーサス)関連データ: RESAS自体は分析ツールですが、その基盤となっているデータの一部がオープンデータとして公開されている場合があります。
これらのデータは、政府統計の総合窓口(e-Stat)や各自治体のオープンデータポータルサイトなどで入手可能です。
地域経済データの取得と前処理
オープンデータを活用した分析の第一歩は、必要なデータを取得し、分析に適した形に整えることです。
- データソースの特定とダウンロード: 目的とする分析内容に基づき、必要なデータが含まれているオープンデータソース(e-Stat, 各自治体ポータルなど)を特定します。多くの場合、データはCSV形式で提供されています。対象期間や地域を絞り込んでダウンロードします。
- データの確認と整形: ダウンロードしたデータをExcelやAccessで開きます。
- データの項目(列)を確認し、分析に必要な項目を選択します。
- データの形式(数値、文字列、日付など)を確認し、必要に応じて変換します。
- 欠損値(データが空白になっている箇所)や外れ値(明らかに異常な値)を確認します。簡単な集計(平均、合計、最大、最小など)やグラフ化で傾向を掴むことができます。
- 必要に応じて、複数のシートやファイルに分かれているデータを結合します。ExcelのVLOOKUP関数やAccessのリレーションシップ機能などが役立ちます。
- 分析単位の統一: 市町村単位、産業分類単位など、分析を行う上での単位を統一します。例えば、複数の統計で使われている産業分類コード体系が異なる場合は、対応表を用いて変換する必要があります。
地域経済分析の基本的な手法
前処理が済んだデータを用いて、地域経済の現状を読み解くための基本的な分析手法をいくつかご紹介します。これらはExcelでも実行可能なものが多いです。
- 時系列分析: 特定の指標(例:事業所数、従業者数)の過去からの推移をグラフで確認します。これにより、増加・減少傾向や周期的な変動を把握できます。
- Excelでの手法: 折れ線グラフを作成します。
- 比較分析:
- 地域間比較: 自治体の経済指標を、近隣自治体や類似規模の自治体、あるいは全国平均と比較します。これにより、相対的な強みや課題が見えてきます。
- 産業間比較: 地域内の異なる産業(製造業、卸売・小売業、宿泊業など)の規模や成長率を比較します。これにより、地域の基幹産業や衰退傾向にある産業を特定できます。
- Excelでの手法: 棒グラフ、円グラフ、または表で数値を比較します。
- 構成比分析: 全体に対する各要素の割合を計算します。例えば、全事業所数に占める特定産業の割合、全従業者数に占める特定年齢層の割合などです。
- Excelでの手法: 構成比を計算し、円グラフや積み上げ棒グラフで可視化します。
- 相関分析: 異なる指標間に統計的な関連があるかを確認します。例えば、人口増加率と事業所数の変化、観光客数と商業売上高の関連などです。相関があれば、片方の変化がもう片方に影響を与えている可能性を示唆します。
- Excelでの手法: 散布図を作成し、データの分布を確認します。Excelの分析ツール機能を使えば相関係数を計算することも可能です。
- 地理空間分析(基礎): 地域のデータを地図上にプロットしたり、地域ごとの統計値を色分けして表示したりすることで、地理的な偏りやパターンを視覚的に把握します。
- Excelでの手法: Excelの「3Dマップ」機能(旧Power Map)や「マップ」グラフ機能で簡単な地図可視化が可能です。より専門的な分析にはGISツール(後述)が使われます。
分析結果を「見える化」する可視化のポイント
分析結果は、グラフや地図を用いて分かりやすく「見える化」することで、関係者への共有や意思決定に役立ちます。ペルソナの皆様が課題に感じている点でもありますので、いくつかのポイントをご紹介します。
- 目的に合わせたグラフ選択: 時系列の変化を見るなら折れ線グラフ、項目の比較なら棒グラフ、構成比なら円グラフや積み上げグラフなど、伝えたい内容に最適なグラフを選びます。
- シンプルで見やすいデザイン: 色の使いすぎや複雑な装飾は避け、伝えたいメッセージがすぐに理解できるように工夫します。グラフタイトル、軸ラベル、単位を明確に記載します。
- 強調と注釈: 特に伝えたい重要なポイント(顕著な増加・減少、特異な地域など)は、矢印やテキストで強調したり、注釈を加えたりします。
- 地図による可視化の活用: 地域ごとの数値を色分けした「コロプレス図」や、特定の地点情報(例:空き店舗、新規開業店舗)をプロットした地図は、地域内のばらつきや集積を把握するのに非常に有効です。Excelのマップ機能や、GISツール(地理情報システム)の入門レベルの活用を検討すると、より表現豊かな地図が作成できます。GISツールとしては、無償で利用できるQGISなどがあります。
- BIツールによるダッシュボード: 複数のグラフや表、地図を組み合わせたダッシュボードを作成すると、地域経済の様々な側面を一覧で把握できるようになります。Power BIやTableau Public(無償版あり)といったBIツールは、複数のデータソースを連携させてインタラクティブなダッシュボードを作成するのに適しています。専門知識がなくても比較的直感的に操作できるものが多いです。
複数のオープンデータを組み合わせる実践
地域経済は単一の要因で決まるものではありません。複数のオープンデータを組み合わせることで、より深掘りした分析が可能になります。
- 連携の考え方: 異なるデータセットを連携させるには、共通の「キー」が必要です。最も一般的なのは「地域コード」(例:市区町村コード)や「期間」(年度、月度)です。経済センサスと国勢調査であれば、同じ市区町村コードを持つデータを組み合わせることで、地域の産業構造と人口構造の関係を分析できます。
- データ加工: 異なるデータセットで項目名が違ったり、集計単位が異なったりする場合があります。例えば、一方は「〜産業の従業者数」、もう一方は「〜分類の就業者数」となっている場合、定義や範囲を確認し、必要に応じて集計単位を合わせたり、対応関係を確認したりする加工が必要になります。Excelの統合機能やピボットテーブル、あるいはAccessのリレーションシップとクエリがここでも役立ちます。
- 具体的な組み合わせ例:
- 経済センサス × 国勢調査: 地域の産業構造と、就業している住民の年齢層や世帯構成との関係を分析し、地域産業の担い手不足や後継者問題の可能性を探る。
- 商業統計 × 観光統計: 観光地における商業売上と観光客数の相関を分析し、観光振興策が地域商業に与える影響を評価する。
- 事業所データ × GISデータ(Shapefile等): 特定の産業の事業所が地域内のどこに集中しているかを地図上にプロットし、立地特性や商業集積の現状を把握する。
地域課題解決への応用事例
オープンデータによる地域経済分析は、様々な地域課題の解決に直接的に貢献できます。
- 産業振興: 地域の主要産業や成長が見込まれる産業をデータで特定し、集中的な支援策を立案する。衰退産業については、転換支援や跡地活用策を検討する。
- 雇用対策: 産業構造と求職者・求人データの分析から、ミスマッチの状況を把握し、職業訓練プログラムの内容を検討する。
- 中心市街地活性化: 商業統計や通行量データ、空き店舗データなどをGISで重ね合わせて分析し、活性化のためのエリア戦略や誘致すべき業種を検討する。
- 観光戦略: 観光客の属性データ、消費データ、交通・宿泊施設データなどを分析し、ターゲット層に合わせたプロモーションや受入体制強化策を立案する。
- 企業誘致: 地域の産業特性、労働力人口、交通アクセスなどのオープンデータを分析し、誘致したい企業属性に合わせた地域の強みをデータで示す。
これらの事例のように、オープンデータを活用することで、勘や経験だけでなく、具体的な数値や客観的な事実に基づいた政策判断や施策実行が可能になります。
まとめ
本記事では、オープンデータを用いた地域経済分析の基本的な流れ、活用できるデータソース、分析手法、効果的な可視化、そして複数のデータを組み合わせる実践と応用事例について解説しました。
オープンデータは、地域経済の現状を客観的に把握し、潜在的な課題や機会を発見するための強力なツールです。ExcelやAccessの基本的なスキルをお持ちであれば、まずは統計局や自治体のポータルサイトから興味のある地域経済関連のオープンデータをダウンロードし、簡単な集計やグラフ作成から始めてみてください。
さらに進んで、複数のデータを組み合わせたり、GISやBIツールといった専門ツールを試したりすることで、より高度で多角的な分析が可能になります。分析結果を分かりやすく可視化し、関係者と共有することで、データに基づいた地域課題解決への道が開かれるでしょう。
地域経済の持続的な発展のため、ぜひオープンデータの活用を積極的に進めていただければ幸いです。