オープンデータ活用ガイドブック

地域課題を“見える化”:オープンデータとGISで始める地図分析入門

Tags: オープンデータ, GIS, 地域課題, データ分析, 可視化, QGIS

地域が抱える課題は、しばしば特定の場所に集中していたり、場所と場所の関係性に関連していたりします。例えば、高齢化が進む地域における公共交通の利便性、自然災害リスクの高い地域の避難体制、観光客の流動と施設配置など、地域課題の多くは「場所」という視点と切り離せません。

これまでExcelやAccessで地域の統計データなどを集計・分析されてきた自治体職員の皆様にとって、これらのデータを地図上で表現し、より直感的に理解したり、隠れた地域特性を発見したりすることは、次のステップとして非常に有効です。そこで本記事では、オープンデータとGIS(地理情報システム)を組み合わせた地域課題の地図分析について、その基本と活用の可能性をご紹介します。

GIS(地理情報システム)とは何か

GISとは、地理的な情報(位置情報を持つデータ)を収集、管理、分析、表示するための情報システムです。簡単に言えば、「地図」と「そこに紐づく様々な情報」を組み合わせて扱うことができるツールです。

GISを使うと、単に地図を見るだけでなく、以下のようなことが可能になります。

このように、GISは地域に存在する様々な事象を空間的な観点から捉え、分析するための強力なツールです。

オープンデータでGIS分析を始める

GISを活用した地域課題分析において、オープンデータは非常に有用な情報源となります。国や地方自治体、その他の組織から公開されているオープンデータの中には、GISで直接利用できる地理情報が含まれているものが多数あります。

具体的には、以下のようなオープンデータがGISでの分析に役立ちます。

これらのオープンデータは、CSV形式で緯度経度が含まれていたり、GISで標準的に利用されるシェープファイル(.shp)やGeoJSON(.geojson)といった形式で提供されたりしています。

自治体職員向けのGISツール:QGISの活用

専門的なGISツールは高価なものもありますが、自治体職員がオープンデータ活用を始めるにあたっては、無償で利用できる高機能なGISソフトウェア「QGIS」が適しています。QGISは多くの自治体でも利用されており、日本語での利用も可能です。

QGISを使えば、以下のような基本的な地図分析を比較的容易に行うことができます。

  1. データの読み込みと表示: CSVファイルやシェープファイルなどのオープンデータをQGISに読み込み、地図上に表示します。データの属性情報(人口数など)に応じて色分けすることも可能です。
  2. 複数のデータの重ね合わせ: 例えば、高齢者人口密度マップの上に、医療機関の位置データを重ねて表示することで、高齢者の多い地域における医療アクセス状況を視覚的に把握できます。
  3. 空間的な選択と集計: 地図上で特定のエリア(例: 小学校区)を選択し、そのエリア内に含まれる施設数や、統計データの合計値などを集計することができます。
  4. バッファ分析: ある地点(例: 避難所)から一定距離(例: 500m)の範囲を地図上に作成し、その範囲内の人口や建物の数を調べるといった分析が可能です。

これらの操作を組み合わせることで、ExcelやAccess単体では難しかった「場所」に紐づく様々な分析が可能になり、地域課題の現状をより深く理解することができます。

GIS分析の実践例:高齢者の見守り計画への応用

具体的な例として、高齢者の見守り計画を検討するケースを考えてみましょう。

  1. データ準備:

    • 国勢調査などから得られる、町丁・字等別の高齢者人口オープンデータ。
    • 自治体で把握している、高齢者世帯名簿(個人情報を含むため、GIS分析には使えませんが、分析結果と照らし合わせる元情報として考慮)。
    • 民生委員の担当エリアを示す地理データ(もしあれば)。
    • 地域のコミュニティセンターや交流拠点、あるいは見守り協力店舗などの施設位置データ(オープンデータまたは自治体保有データ)。
    • バス停や鉄道駅などの公共交通機関の位置データ(オープンデータ)。
  2. GISでの分析:

    • 高齢者人口密度マップを作成し、特に高齢者人口が集中しているエリアを特定します。
    • そのエリアに、コミュニティセンターや協力店舗の位置データを重ね合わせます。これにより、高齢者人口集中エリアにおける地域交流拠点の配置状況が見えてきます。
    • 公共交通機関のバス停位置データを重ね、バス停から一定距離(例: 徒歩圏内の200mや500m)の範囲(バッファ)を作成します。これにより、公共交通の利用が難しい、交通空白地帯における高齢者人口の分布を把握できます。
    • 民生委員の担当エリアと高齢者人口集中エリアを重ね、担当者の負担が大きい可能性のあるエリアを特定します。
  3. 分析結果の活用:

    • GISで作成した地図や分析結果の図を、見守り体制の強化が必要な優先エリア特定に活用します。
    • 地域住民への説明会資料として、視覚的に分かりやすい地図を提示することで、課題の共有や協力依頼の効果を高めます。
    • 新たな交流拠点の設置場所や、移動支援サービスのルート検討など、具体的な対策立案の基礎資料とします。

このように、オープンデータとGISを組み合わせることで、地域課題を空間的な視点から多角的に分析し、より根拠に基づいた対策を検討することが可能になります。

始めるためのステップと注意点

GISによる地図分析を始めるためには、まずQGISのようなツールをインストールし、基本的な操作方法を学ぶことから始めましょう。オンラインのチュートリアルや解説書も多数公開されています。

また、利用したいオープンデータがGISで扱いやすい形式(シェープファイルやGeoJSONなど)で提供されているか確認してください。CSV形式でも緯度経度情報があればGISに取り込めるツールが多いですが、少し手間がかかる場合があります。データの出典や更新頻度を確認し、分析目的に合った信頼できるデータを利用することが重要です。

さらに、複数のデータを組み合わせて分析する際には、それぞれのデータが持つ地理的な区画や座標系が一致しているかを確認する必要があります。形式が異なる場合は、GISツールを使って変換する作業が必要になります。

まとめ

オープンデータとGISの組み合わせは、自治体職員の皆様が地域の現状を深く理解し、効果的な地域課題解決策を立案するための強力な手段です。ExcelやAccessでのデータ分析に慣れている方でも、GISを使うことで「場所」という新たな視点からデータを見つめ直し、より実践的な分析を行うことが可能になります。

まずは身近な地域のオープンデータと無償のGISツールQGISから、地図分析の世界に一歩踏み出してみてはいかがでしょうか。地域課題の解決に向けた新たな発見がきっとあるはずです。